ニートの人 その2

ニートやってる人の中にも、色々な人がいるらしいですね。
社会に上手く馴染めない人とか。
そっちのニートの人について、ちょっと思ったこと。
つい最近(100年前とか?)まで、「生まれた村に死ぬまでずーっと住んでいる」「そこでいつもの人たちと農業をやって暮らす」みたいな生活を多くの人が普通に送ってきてたのかなー‥‥っておもってるんですけど、その認識が正しいとするなら、今みたいな世の中で社会に上手く馴染めない人たちがたくさんいてもおかしくないかな。だって、そういう「村人の暮らし」と現代の暮らしを比べたら、必要とされるコミュニケーションスキルのレベルが、全然違うもの。
現代人って、見ず知らずの人と、いっぱい会ったりしゃべったりしなきゃなんないもん。見ず知らずの人とのコミュニケーション、結構ストレスだよ〜。転校とか、就職とかして、知らない人ばっかの中に放りこまれたら、きついもん。仲良くなったらマシになるけど。「村人」だったら、どうなのかなー‥‥って考えてみた時(もしかして、産まれた時から、生活圏にいるメンバー、ほとんど一緒なんじゃないかしら‥‥?「村の代表者」なんかになったら、また違うんだろうけど。)っておもいついたんですけど、どうなんでしょうね。
もし、この想像があたってたなら、昔の人が「生まれた村に死ぬまでずーっと住んでいる、いつもの人たちといつもの仕事をやって暮らす村人」レベルのスキルで普通に暮らせていた、そういう人たちの子孫であるわけです、わたしらは。しかもつい最近(100年前とか?)までそういう暮らしをやってたんだから、いきなりコミュニケーション能力が急激に進化するって事も、ちょっと考えにくい。
もしかしたら種としての人間のコミュニケーション能力自体がそんなもんなのかも。「村人」レベルも「正常値の範囲」なのかも。
だとしたら、(現代)社会に上手く馴染めないタイプのニートは、いても全然不思議じゃないのかもしれない。昔の日本にはあんまりいなかったけど、最近増えてきだしたのも不思議じゃないのかもしれない。先進国におんなじようなタイプの人たちがいても、当然なのかもしれない。

‥‥なんてことおもいましたが、あんまりニート問題に詳しくないから、的外れなこと言ってたらごめんなさいです。